三段論法のワナ?

日常言語の「ならば」(英語だとif)は、たぶん古典論理と挙動が違うっぽい。
というのをStanford Encyclopedia of Philosophyの"indicative conditionals"を眺めながら書いてみる。

 

plato.stanford.edu

 

※英語だと、直説法と仮定法によって用法が分かれるが、正直私はこれを分ける自信が無いので、スルーすることにします。

※McGee, V (1985) "A Counterexample to Modus Ponens", The Journal of Philosophy, vol.82, No.9, p.462-471
を読む必要があるはずなのですが、未読です。

 

1. 「ならば」と「→」が違うということ

なんとなく、日常言語の「ならば」を(無理に)記号化したものを「 ☆\to」、古典論理上の含意を「 \to」と書く。また、ある命題から別な命題が導けるときには、「 \vdash」みたいな書き方をする。*1

 

一例として以下のような例が挙げられている。

For example, I think Sue is giving a lecture right now. I don’t think that if she was seriously injured on her way to work, she is giving a lecture right now.*2

この場合、 qを信じている人が、 p☆\to qを信じているとは限らない。
つまり、 qが真でも、 p ☆\to qが真であるとは言い切れない。

一方で、古典論理上では、 qが真ならば、 p \to qは、 pの内容に関わらず真である。

 

このように、日常言語の「ならば」と、古典論理の「 \to」には挙動に違いが存在している。
(SEPの中で述べられているように)反論はあるだろうが、今回は「違いがあるよ」という点を一旦の結論として次へ行くことにする。

 

2. McGeeの反例

McGeeは1985年の論文で、モーダス・ポネンスの反例(のように見える)事例を考案した・・・らしい。*3

 

設定状況を確認すると、1980年のアメリカ大統領選挙を題材にしたものである。
この選挙では、共和党ロナルド・レーガンとジョン・アンダーソン、民主党ジミー・カーターが争っていた。そして得票数は、レーガン>カーター>>アンダーソンの順だった。単純に、得票数が最も多い候補者が勝利する。
・・・とする。*4

 

で、(横着して)稲岡(2022)の紹介の方により提示すると、次のようなものである。

A1: 1980年のアメリカ大統領選挙共和党員が勝利したのであれば、勝利したのがロナルド・レーガンでなければ、ジョン・アンダーソンである。

A2: 1980年のアメリカ大統領選挙共和党員が勝利した。

 よって、勝利したのがロナルド・レーガンでなければ、ジョン・アンダーソンである。

 1980年のアメリカ大統領選挙ではロナルド・レーガンが当選したのですが、二番手は民主党ジミー・カーター、三番手は共和党のジョン・アンダーソンでした。したがって、最初の前提A1は正しいことを言っているように思えます。そして、実際の選挙では共和党員であるレーガンが勝利したので、二番目の前提A2も正しいです。しかし、結論は正しくありません。なぜなら、選挙結果によれば、二番手はカーターなのですから。*5

 

なお、SEPなどを見た感じ、McGeeの観察よると、A1は

A*: 1980年のアメリカ大統領選挙共和党員が勝利し、かつ勝利したのがロナルド・レーガンでないならば、勝利したのはジョン・アンダーソンである。

のように書き換えることが可能らしい。

 

この場合、(今回の想定では)共和党員の大統領候補は、レーガンとアンダーソンなので、「共和党員が勝利し、かつ勝利したのがロナルド・レーガンでない」のならば、大統領になったのはどう見てもアンダーソンである・・・ということになるだろう。

ここで使われているA1とA*の間の書き換えの関係は、import-exportとか呼ばれるものである(以下ではIE則と呼ぶことにする)。

en.wikipedia.org

 

古典論理で表現すると、

 (1) \quad (p \to (q \to r)) \leftrightarrow ( (p \land q) \to r)

という感じになる。

 

McGeeの説では、日常言語の「ならば」においても、

 (2) \quad (p☆\to (q ☆\to r)) \leftrightarrow ( (p \land q)☆\to r)

となるということが想定されていると言える。

 

また、結論部の
(3) 勝利したのがロナルド・レーガンでなければ、ジョン・アンダーソンである
と、比較対象の
(4) 勝利したのがロナルド・レーガンでなければ、ジミー・カーターである
のどちらが適切かという話はどうだろうか。

実際に勝ったのがレーガンで、得票を見るとレーガン>カーター>>アンダーソンだったことを考えると、日常言語の「ならば」の上ではやはり(4)が正しいように思われる。ただし、古典論理の「 \to」を基準にすると、(3)も(4)もどちらも真になる。*6

ここでも、日常言語と古典論理の微妙な違いが現れている。


このような、「ならば」が絡み合っているような場面で、しかも日常言語と古典論理の挙動が異なるようなシチュエーションにおいて、モーダス・ポネンスを単純に適用すると、おかしな帰結が得られてしまうということである。

 

3. 「ならば」を破壊する

3-1. その1

これを進めて、日常言語の「ならば」を破壊する議論が存在する。

 

Sueの例を見る限り、おそらく

 p☆\to q \vdash p \to q

とか

 \vdash (p ☆\to q) \to (p \to q)

とかが成り立っているはずである。

 

 ☆\toにおけるIE則を用いると、

 ( (p \to q)\land p) ☆\to q \vdash (p \to q)☆\to (p ☆\to q)

である。

ここで、 (p \to q)\land pの部分を qに書き換えができると考えると、

 q☆\to q \vdash (p \to q)☆\to (p☆\to q)

であるが、さすがに \vdash q☆\to qであると思われるため、

 \vdash (p \to q)☆\to (p ☆\to q)

 

加えて、

 (p \to q)☆\to (p☆\to q) \vdash (p \to q) \to (p ☆\to q)

であるため、

 \vdash (p \to q) \to (p ☆\to q)

 p \to q \vdash p ☆\to q

となりそうに見える。

 

したがって、

 \vdash (p ☆\to q) \leftrightarrow (p \to q)

となるため、「ならば」と「 \to」は同じということになる。

 

ここまで議論から「ならば」と「 \to」は別っぽいなという感触を得ていたはずなので、この結論はおかしい。

という訳で、モーダス・ポネンスとIE則を認めると、「ならば」が破壊されるということになる。*7

3-2. その2

可能世界を駆使して、「 \to」と「 ☆\to」の関係を調べるという方法もあるらしい。同じようなことの繰り返しになるが、こちらもやってみたい。

 

 \| p \| pが成り立つ可能世界の集合として、全可能世界の集合を Wとおく。*8

 MP \quad (\| p\| \cap \| p\| ☆\to \| q \|) \subseteq \| q \|

 IE \quad \| p☆\to (q ☆\to r) \| = \| (p \land q)☆\to r)\|
仮定  \quad \| p \| \subseteq \| q \|ならば、 \| p☆\to q \| =W*9

 

・まず、 p \land \lnot pについて考える。

これは、どんな可能世界においても偽なはずなので、 \| p \land \lnot p \| \subseteq \| q \| となる。

(仮定)より、 \| (p \land \lnot p)☆\to q \| = Wである

(IE)より、 \| (p \land \lnot p)☆\to q\| = \| \lnot p ☆\to (p☆\to q)\|なので、

 \| \lnot p ☆\to  (p☆\to q) \| = Wである。

 \lnot p (p☆\to q)で(MP)をすると、 \| \land p \| \cap \| \land p☆\to (p☆\to q)\| \subseteq \| p☆\to q\|である。

ここで、 \| \lnot p \| Wの共通範囲は \| \lnot p \|であるので、

 (5) \quad \| \lnot p \| \subseteq \| p☆\to q\|

 

・次に、 \| p \land q\| \| q \|について考える。

自明に、 \| p \land q \| \subseteq \| q \|であることから

(仮定)より、 \| (p \land q)☆\to q \| =Wである。
(IE)より、 \| (p \land q)☆\to q \| = \| q☆\to (p☆\to q)\|なので、

 \| q☆\to (p☆\to q) \| =Wである。

 

 q (p☆\to q)で(MP)をすると、 \| q \| \cap \| \land p ☆\to (p☆\to q)\| \subseteq \| p☆\to q\|である。

ここで、 \| q \| Wの共通範囲は \| q \|であるので、

 (6) \quad \| q \| \subseteq \| p☆\to q \|

 

・古典的な「 \to」について、 \| p \to q \| =\| \lnot p \| \cup \| q \|であるので、

(5)と(6)により、

 (7) \quad  \| p \to q \| \subseteq \| p☆\to q \|

である。 

 

・ここで、(MP)をそのまま使うと、 \| p \| \cap \| p ☆\to q \| \subseteq \| q \|である。

したがって、 \| \lnot p \| \cup (\| p \|  \cap \| p☆\to q \| ) \subseteq \| \lnot p\| \cup \| q\| となる。

 \| p☆\to q \| \subseteq \| \lnot p \| \cup (\| p \| \cap \| p☆\to q\| )であることを考えると、*10

 \| p☆\to q \| \subseteq \| \lnot p \| \cup \| q\| から、

 (8) \quad  \| p☆\to q \| \subseteq \| p \to q\|

となる。

 

・(7)と(8)より、 \| p☆\to q\| =\| p \to q\| でなければならない。*11

 

4. まとめ

日常言語の「ならば」の挙動は複雑なので、安易に論理規則を適用できない・・・のかもしれない。

肝心のMcGee(1985)を読むべき。

 

 

・・・そういえば、ソリテスパラドックスも、モーダス・ポネンスをすごい回数使って相反する結論を得るという構成になっている。

plato.stanford.edu

こちらは、日常言語の曖昧さを突いた論証のような感じになっている。したがって、こっちでは「曖昧な述語に安易に論理規則を適用できない」ということが言えるかもしれない。

 

論理規則と言えど、このように論証に安易に用いると足下をすくわれる可能性がある・・・というのは、気をつけなければならない。*12

*1:SEPとは記号の対応関係が違うので注意
 Q. なぜそんな分かりにくいことをしたのか?
 A. 古典論理の含意を「 \to」って書きたくなったから

*2:同じSEPの記事より

*3:繰り返すが未読

*4:軽く調べた感じでは、実際の選挙とは設定が異なる。二大政党以外の政党からも立候補があるし、アンダーソンが共和党から離脱しているし、選挙制度ももっと複雑であるっぽい。少なくとも、共和党「系」みたいな書き方に修正する方がいいような気はする。

*5:稲岡大志(2022)「三段論法は本当に正しいのか?」『世界最先端の研究が教えるすごい哲学』総合法令出版

*6:古典論理の「 p \to q」は「 \lnot p \lor q」と書き換えることができて、今回の場合は、
レーガンが勝利する」or「〇〇が勝利する」
となるため、自明に成立することになる。

*7:この証明は、SEPのものを書き直したもの。元ネタは、
Gibbard, A(1981)“Two Recent Theories of Conditionals”, IFS, in Harper, Stalnaker and Pearce (eds.), Dordrecht: Reidel, pp.211–247
らしい(これも未読)。

*8:二重角かっこってどう出力するんだろう・・・

 \| p \|で代用しています。

*9:なんでコレ成り立ってるんだろうと思ったが、厳密含意でもこの仮定が成り立つ(のだったような気がする)ので、☆→でも成り立つのだろうなと判断した

*10:分配法則より、
 \| \lnot p\| \cup (\| p\| \cap \| p☆\to q\| )=(\| \lnot p \| \cup \| p\| ) \cap (\| \lnot p\| \cup \| p☆\to q \|)
 =\| \lnot p \| \cup \| p ☆ \to q\|
なので、
 \| p☆\to q \| \subseteq  \| \lnot p \| \cup \| p☆\to q\|

*11:

参照元は、
Mandelkern, Matthew (2018)"Import-Export and 'And'", Philosophy and Phenomenological Research, Vol.100(1), pp.118-135
では、このあとMcGeeによる条件文の意味論の定式化(IE則が成り立つがモーダス・ポネンスが不適)などが出てくる。実際のところ、可能世界意味論をよく知らないので、合ってるか分からん。

水本正晴(2004)「Vann McGeeのModus Ponensに対する反例の分析」科学基礎論学会 秋の研究例会2004・発表要旨集より
を読むと、この記事の「2. McGeeの反例」の議論を利用すると、「3. ならばを破壊する」の議論でモーダス・ポネンスが不適切であることを示せるというような感じらしいが、よく分からん。(日常言語の条件文の振る舞いを観察すると、2の議論をベースにして、IE則が成立するような意味論が必要となる。なので、そういう意味論を定式化してみると、モーダス・ポネンスが成立しない・・・みたいな?)

*12:じゃあ論理規則って何だ?という気分にはなる。